伝統的建造物群保存地区について、現在、文化庁が選定している登録地区は全117ヶ所となっています
。毎回ひとつの伝建地区をピックアップし、その歴史を辿る「伝健ぶらり旅」も、今回で5回目となりました。
今回は、岩手県胆沢郡金ケ崎町にある伝建地区「城内諏訪小路」をぶらり旅していきたいと思います。
金ケ崎町城内諏訪小路は、2001年6月15日に伝統的建造物群保存地区として登録されました。
金ケ崎館内に造られた武家屋敷群で寛永12年(1635)までは金ケ崎城としてお城の役割をしており、軍事上重要な地域で武家諸法度による一藩一城制で、城から館へと変更された江戸時代に入っても仙台藩の北部で南部藩との藩の境界で重要な拠点だった。
北上川という全国で4番目、東北で最大の河川で流路の勾配が緩いのが特徴で河川舟運が盛んだったため、平泉の奥州藤原氏も北上川によって栄えたといいます。
金ケ崎の町並みは金ヶ崎城に在城した桑折氏は、慶長六年から慶長十九年までの約十四年間のあいだに桑折氏によって、家臣団の屋敷割や町場も形成したものと思われます。
また、正保元年に金ケ崎館に入った大町家が現在の諏訪小路などが下中屋敷(家中屋敷)を造って現在の町並みに至っている。まずはこの金ケ崎の歴史から城内諏訪小路の成り立ちを見ていきましょう。